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もくじ
あなたは何ひとつ悪くなかった、本当に悪くなかったのです
毒親と生きて幸せになった人はいません。
自身を省みる姿勢が消滅した毒親は子どもの人生を破壊し破滅させ、間接的に命を奪っても全く気にしていません。それどころか次の獲物を狙っているくらいです。
未熟の完全たる肯定をし続ける毒親に子どもは殺されます。
たった一度の人生を奪われないために、幸せにするために「今」から気づくべきことを中心に紹介させて頂きます。
毒親に愛される努力を絶対にしてはいけない
劣等感を強くもっている状態で人から愛される努力をしてはいけません。
欠乏感に積みかなさる愛はないからです。
とくに毒親から愛される努力をしてはいけません。なぜなら利用されてしまうからです。
利用されている状態で愛を獲得できた人はいません。
毒親に育てられた人は過度な自己評価の低さ・自分に対して非尊重的な自分をもっています。それがゆえ、どうしても他人から評価を得たり、愛されたりする状況を求めてしまうのです。
それは「そのままの自分を愛されなかった」という心の大きな傷を誰かに癒してもらいたいという気持ちからです。
もちろん他人から愛されることを願うことが100%いけない訳ではありません。人は支えあって生きる生き物だからです。
大きな問題は劣等感を強くあたえてきた毒親にさらに愛されるための努力をし、望んだ愛は手に入らず、大きな心の傷をつくってしまう大人がとても多いことです。
毒親は精神的な闇の問題です。
子どもの愛されたいがゆえの献身さも奉仕も毒親にとってみれば「不誠実な生き方を改めないで良い」という肯定を与えるだけで、純粋な親の愛を希求する心にたいしては無関心なのです。
毒親自身、自分自身の生き方を不誠実と判断することも、子どもの純粋な奉仕にたいしても無関心な気持ちでいることも認めることはないでしょう。その点が毒親を毒親と判断する点です。自分だけ都合の良い生き方を続けられるのであれば、どんなに深刻な問題でも真実を見ようとは決してしません。
毒親にたいして愛される努力を絶対にしてはいけません。
自分が生きづらい、苦しくて苦しくてたまらない人がするべきことは、他人ではなくまず自分自身を愛することです。
恋人がいても友達がいても結婚していても、子どもがいても、必ずまずは自分自身を愛する努力から始めなくてはならないのです。
地球儀を見てください。
あなたはまずどこを見ますか?
地図でも良いです。
どこを探しますか?
必ず、あなたの場所をまず確認するではずです。どんなに大切な人がいたとしても、あなたの場所がなければ大切な人との距離もわかりません。つまりあなたがあなたを愛さないということは同時に、あなたが大切に想う人も存在できないということなのです。
愛するから愛したい・愛されたい存在が現れるのです。
毒親に劣等感をあたえられる人生は極・不条理です。しかし、不条理は人を不幸にすることはできません。必ず乗りこえられる試練の道といえます。毒親問題を解決した人は独立心が芽生え、圧倒的な幸せを手にいれることができるのです。
毒親や他人から愛される努力よりはやめて、まずは自分を真剣に愛する道を始めませんか?
毒親はなぜ子どもの心を傷つける言葉をいうのか?
「産まなければ良かった」「あんたはよその子」「なにをやってもダメ」「〇〇ちゃん・君はできるのに、あなたは、、、」などの毒親の言葉は100%、親自身の利己心から発せられるセリフです。
存在を否定する言葉、誰かと優劣を比べる言葉、直せない部分をなじる言葉、未熟な毒親から発せられる言葉によって子どもの純粋さは壊され、深刻な劣等感をもつにいたります。
しかし毒親は認めないでしょう。どんなに不誠実な言葉であっても「あなたのため」という欺瞞で本心を隠しているため、傷つけられた子どもの指摘にも耳を貸しません。
多くの子どもはなぜ自分の親は、わざわざ心を傷つける言葉をいうのか?と思っています。
それは親の心が幼児であり、そして不幸せな黒さに濁っているからです。その心理から生まれる言葉は利己心でいっぱいなのは当然といえます。
心が成長・成熟している人は存在を否定する言葉を口にできません。どれほど相手の誇りを奪う行為なのか、知っているからです。
毒親は自分の存在に無関心なのです。
大切な自己を形成する心を無視するという生き方は非尊重的です。つまり毒親は自分を尊重できないので子どもも尊重できず、利己心に従った言葉を投げかけてしまうのです。
自分よりも弱い相手の自尊心を傷つけることで、低く評価している自分の存在を一時的に癒すために、毒親は子どもを言葉で傷つけます。
なにひとつ、子どもに責任はありません。
現在、毒親からいわれのない言葉で傷つけられている人は多いでしょう。不誠実な姿勢で傷つく言葉をはなつ毒親の話をまに受けていれば、子どもの人生は破壊されていきます。
被害をこうむっている人は毒親の傷つく言葉は毒親自身がそう思っている気持ちだと冷静に受けとめる必要があります。
「産まなければ良かった」「あんたはよその子」「なにをやってもダメ」「〇〇ちゃん・君はできるのに、あなたは、、、」と恐怖をもっているのは毒親自身です。自分のことなのです。
認めたくはないけれど確かに心に巣くっている自身の低評価を当たりやすい弱い子どもに外化して、ぶつけて一時的に「自分は大丈夫」とワラにもすがる思いで心を癒しているのです。しかいこの状況では子どもは親の精神的な生贄と変わりません。
毒親の傷つく言葉を受けいれてはいけません。心ないずるい人間の精神的なゴミ箱になってしまったら、たった一度の人生が闇でおおわれてしまうからです。
もしいつものように傷つく言葉が始まったら、無言で席をたちましょう。毒親は相手にされていない弱き自分を感じて、恐怖心をもち猛然とあなたを批難するかもしれません。しかしそれでも相手にしない行動をとり続けていれば、自然と距離が離れるようになります。
そこまで諦めてはいけません。諦めない価値もあります。
毒親に限らずですが、傷つく言葉を不誠実に浴びせる人とつきあってはいけないのです。
毒親とつき合わざるを得ない人はどうするのか?
毒親の被害を受けないためには離れることが一番です。
しかしなかには離れたくても今は無理な人・永続的に難しい人もいるかもしれません。
そのような人の対処はひとつです。社会で独りでも生きれる力をつけることです。
毒親が最も恐れている問題は子どもが「精神的」に独立することです。完全に心が成長し成熟すれば毒親は子どもをコントロールができません。それどころか自分が不誠実に子どもを支配してきた過去があるので、支配される問題を恐れるようにさえなります。毒親は恐れの塊のような存在なのです。
社会で独りでも生きれる力は親元にいても育むのは不可能ではありません。
ただし毒親は子どもに依存関係を断ち切られる恐怖を「感じる」と100%に近い確率で邪魔をしたり甘い誘いをしたりと妨害してきます。その横やりや誘惑があるため、まずは離れることが一番と判断しているのです。
今の世界から一歩ふみだして新しい世界に進むことが独立の一歩となります。
素敵な恋人とつき合うことも新しい世界への一歩です。着たことがない洋服を買うことも一歩です。資格に挑戦することも一歩です。入ったことがないお店に行ってみることも独立の一歩です。心ない人と関係を清算することも一歩です。
「体験したことがないけれど、やってみたかった体験」のなかに、独立の一歩が存在しています。
未知の世界は恐怖を感じます。とくに毒親から劣等感をあたえられた人の恐れは尋常ではありません。それでも一歩一歩進んでいくと新しい自分を発見し、自信が芽生え、自己を尊重する気持ちが現れはじめます。
どの世界でも同じですが、出るクイは打たれます。しかし出切ったクイは打たれることはないのです。
毒親と理由があり離れられない人は、精神的に独立する挑戦が解決の糸口になることをお約束します。
毒親の呪いが解けるまえに死んではいけない
「あなたはあなたのままで生きて良い」という自分を最大限に尊重され、あるがままの居心地の良さ、たった一度の人生で自信と誇りと楽しみで埋めつくした自分を体感するまで、死んではいけません。
しっかりと周りを見てください。疑問を抱いて見てください。
この世界は毒親に限らずですが「あなたはあなたのまま生きてはいけない。社会に合わせられないと価値がない」という強迫的で圧迫する価値観であふれていませんか?
そのままの自分を受け入れず生き続けた人生は本当の人生とはいえません。
本当の人生ではない人が幸せを感じて生きることはできないのです。
毒親の呪いとはあなたの人生から「あなた」を消してしまう闇の魔法です。
あなたが「あなた」を失えば何が残るでしょうか?それは都合の良い人たちに疑問も抱かず素直に従属してくれる生き物です。毒親はその人たちと同じように従属している存在です。ですので自分の子どもに自ら「あなた」を消して生きるように生まれたときから「そのままではいけない」という呪いをかけるのです。
毒親からかけられてしまった「あなたのままではいけない」という呪いは自分自身で解かなければなりません。
大人になれば、この呪いは解くことができます。
思い出してください。
「あなたのままではいけない」という罪悪感から恐怖をもち世間に苦笑いをして本音を隠し、本心を無視して迎合してきた過去を。
あなたはあなたのままで良いのです。その理由などはいりません。あなただからが理由です。
なにひとつ才能はないかもしれません。人の役にたつこともできないかもしれません。容姿に自信がないかもしれません。不器用かもしれません。悪いことをたくさんしてきたかもしれません。愛して欲しかった存在に愛されなかったかもしれません。
しかし、あなたはあなたのままで素晴らしいのです。この真実を闇に隠してはいけません。
親からは自分を尊重して育ててもらえなかったかもしれません。その結果、心の奥の奥には「生きて良いのか?」とい強い罪悪感がうごめいている。常に人に役立つ自分を演出して劣等感を癒す日常にエネルギーを費やす。そのような生き方で幸せになれる人はいません。
「そのまま良いんだよ」という本当の愛が他からもたらされたら、喜ばしいことです。しかし大人になったのであれば「自分は自分のままで良いんだ」と自己愛を育めれば、なによりも他を慈しむ気持が増え、自己を尊重する自分に誇りがもてます。
もらいたい存在からもらいたいと渇望していたけれど、もらえなかった人生は「なぜ?」と誰であっても運命を否定したくなるでしょう。それが人生の試練です。試練はあなたが乗りこえられるからやってきたのです。そして、今もあなたはその試練に耐え生きている。そのあなたがもし「愛されないと嘆いている人」と出会ったら、どんな言葉をかけるでしょうか?
それがもらえなかった試練の意味です。
自分の誇りを真実の意味でとり戻した人が本当の人生を生きれる人です。
毒親の呪いは世間の呪いです。あなたが真の自分(自己の存在に疑問を抱かない)をとり戻す決意をしたとき、必ず道が開かれます。
あなたの心に無関心な毒親への正しい対処
~毒親の無関心につける薬はない~
毒親の毒親性は治すことができます。
しかし治せるのは本人だけです。
毒親が自分の未熟さ・家族と家庭にたいしての無関心さに気づかなければ治ることはありません。
子どもは親を純粋に愛しているため、なんとかして「前向きに変わって欲しい」と願います。しかしほとんどのケースはうまくいきません。毒親にとって関心して生きることは等身大の器を試される危険をともなうため、拒否するのです。無関心で生きれば自分の安全が保たれると錯覚している毒親に他者がつける薬はないのです。
毒親は世間を迎合し、家族にたいしては横柄な態度でせっします。
世間は表面的な世界です。愛想わらいが通用する安易な世界でもあります。つまり相手の心を100%無視して無関心であっても、表面だけのコミュニケーションをしていれば成立するということです。加えて毒親は強い劣等感をもっているため世間の評価を過度に恐れます。その結果、毒親は大切な家族よりも世間に良い顔をするのです。
家族は世間で通用した表面のコミュニケーションは不可能です。家庭のなかに求められているのは常に等身大です。「ありがとう」のなかに本当に感謝の念が入っているのか?「ごめんなさい」のなかに本当に申し訳がないの気持ちが入っているのか?という心の本質が試される関係なのです。
人の心に無関心で生き続けようとする毒親は表面的なコミュニケーションが通用しないコミュニティや人をさけようとします。当たりさわりがなく、自分の「本当の力」を試される危険もない、そして成長を促される心配もなければ安心して無関心で生きれる世間を大切な場所と選ぶのです。
しかし、厳しい家族よりも安易な評価をする世間を選んだ人がその後、幸せになることはありません。私の個人的な意見ですが、甘い道を選んだ毒親の末路は凄惨を極めています。
大切な家族にたいして横柄な態度、そして無関心な姿勢でアレコレと「家族だから」と要求してくる毒親に大きな迷惑をかけられている人は少なくないでしょう。理不尽な毒親の行動であっても、親だから受けいれないといけない責任がある人は心理的なとても苦しい状況にあります。老人ホームなどの殺人事件が理解できる人もいるでしょう。
先述したとおり、子どもがどんなにがんばっても説得しても自分の未熟さ・無関心さに危機感をおぼえ成長を促す親でないかぎり、毒親性の問題は収束していきません。
そして自分の人生を進める意思のない人を動かそうと思っても、いたずらに時間・精神的エネルギー・お金などがかかり、本来、やらなければならないこと(自分の人生・仕事・子育て・自分の家庭問題・夫婦問題)が全くできない状況になってしまうのです。
無関心な毒親が大人になった子どもに不誠実な迷惑をかけているのであれば、やはり「離れる」という選択が一番健全な方法といえます。たった一度の人生を無関心な毒親に奪われてはいけないからです。もちろん、うまくおつき合いができる程度の毒親性であれば離れるよりも、お互いに良いところも悪いところも受けいれあって生きるほうが良いでしょう。
しかし一方的に毒親の人生を背負わなくてはならないという不条理さに苦しんでいる人は正しい対処が必ず必要になります。あなたの存在・心に無関心な人と側にいても、あなたが幸福を感じられることは絶対にないからです。
家族にたいして無関心な毒親をどうすれば子どもは健全に対処できるのか
- 家族に無関心な態度を改めないのであれば、別れを準備すると告げる。(別れを真剣に考えている人に限り)
- 毒親にたいして大人として行うべき仕事があるケースは欠かさず行う。(お金を借りているなら返すなど)
- 傷つける言葉・配慮のない言葉はその度に指摘し「そのような言動は今後受けいれられない」と伝える。
- 毒親が相手にされない状況に危機を感じて、他人(世間の人)をつかい相手にするように説得してくるかもしれません。(事実、高い可能性で起きます。)しかし、臆することなくすべてにたいして相手をしてはいけません。
- 毒親ではなく自分の人生と本気で向き合う。(将来の展望・仕事・大切な人のコミュニケーション・健康・お金)
- 毒親の性格・人生・生き方の責任を決して背負わないと決意すること。背負えるのは毒親自身だけ。
- 村八分や孤独を恐れず、個を磨くこと。
心の余裕がなければ現実を幸せな方向へ進めることはできません。無関心な毒親はまさにその心の余裕を奪う存在といえるのです。
「毒親に殺される」は厳しい表現と感じるかもしれません。しかし見えないモノをすべて奪われ憔悴し切ったあとに毒親の真実を悟っても遅いのです。毒親性は人生を奪います。「今」気づけば対処はできますが、奪われたあとは時間もエネルギーも消耗し切った状態です。
無関心な毒親にたいしては、「今」から行動するしか活路は見出せないのです。
なれあいを捨て、本当に大事な自分を大切にし本当に愛しい存在を抱きしめる人生にするために毒親の問題を無視してはいけません。
最後に
毒性をもっていない人はいません。
親でも、親戚でも、夫婦でも、友人でも、仕事仲間でも、毒性は大なり小なりもっているものです。
その毒に無関心で生きれば、増殖し人の人生を破壊するまでにいたります。
毒に関心して寄せつけず、無視せず、迎合せずに生きれば、健全な人生を送ることができます。
大きな問題は毒に気づける感性を失っている大人が多いということです。
大切な「なにか」を見失わないためには、一度立ち止り当たり前のなかに存在している毒を見いだす生き方があなたを救う大切な姿勢となるのです。
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